一あるいはいかにして少年は難しい顔をするようになったか一
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風の歌を聴く
午前10時にホテルのチェックアウトを済ませると、青々と晴れた8月の空に点々と白い雲が浮かんでいた。まだ背の低い太陽がまばゆいばかりに地表を照らしていて、目に映るあらゆるものは白んで見える。午後はもっと暑くなるかもしれない。歩きはじめるとすぐに汗ばむのが感じられた。

まずは朝食ついでにカフェへ行こうと考えて、辿り着いたのが『サンパウロ』だ。異人館通りの近くにあって、店の前にはブラジルの国旗が掲げてある。見た感じではちょっと渋めな喫茶店というところだったけれど、入ってみるとかなり本格的な雰囲気で、思わずアイスコーヒーにケーキ・セットという若干目的を間違えた注文をしてしまったほどだ。ワイングラスを思わせる上品なグラスに注がれたアイスコーヒーはブラックのままでもエグみのないさっぱりとした飲み口で、チーズケーキとの相性が抜群である。黒いベストがぴしりと決まっているマスターが印象的だった。

異人館通りは歴史的な洋館の建ち並ぶ北野の人気スポットであるが、いくぶん寂れかかった印象は拭えず、道ゆく観光客に声をかけるおばちゃん方の気苦労がうかがえた。取り入って興味を引かれるような建造物はなく(「ベンの家」だけすこし名前で惹かれた)、すたすたと歩いて一望すると次は元街の方まで行ってみることにした。街角の地図をたよりに南下していく。太陽は思っていたよりも爽快に白昼を照らし出している。

いわば北野は山よりに位置していて、元街は港よりに位置している。もうすこし実感的に書くと「北野は青山的で、元街は横浜的」であるとぼくは思った。神戸にスタイリッシュな女の子が多いのはなぜなんだろうとずっと疑問に思っていたけれど、このような環境で育てば自然と感覚が磨かれておしゃれに敏感になるのも納得できる。しかしおしゃれな男子が多いかとなると、それはどうもよくわからない。

元街には北野よりもずっと多くひとの流れがあってかなり騒がしい。中華街のあたりは特に混み入っていた。朝食がチーズケーキという胃も心も満足し得ない内容だったので、とりあえず近くのパン屋に入ってフランスパンを買う。神戸といえばなんといってもフランスパンだ。堅いのに堅くないというか、濃厚で深みのある味わいに感動した。スター・バックスで買ったラテを片手に元街をメリケンパークに向かって抜ける。だんだんと風に潮の匂いが感じられてくる。海が近い。

メリケンパークの入り口付近には、阪神淡路大震災の跡地として当時のままの状態で保存されている箇所がある。街頭が傾き、コンクリートは激しく亀裂している。ぼくが観てきた神戸の街は全体的に洗練されている印象だったけれど、あの震災があってそこから数年のうちに新しい町づくりとして復興してきたのかと思うと、妙に心打たれるものがある。そのまま公園を奥まで進んでいくにつれて、海原が目の前に広がってゆく。港の倉庫と貨物船が近くに見える。敷地の面積に対してひとの姿は数えるほどしかなく、余計に広々として感じた。若いカップルがバドミントンをしている。潮風が生温さを残して通り抜けていく。風に球が流される。彼女が笑う。木立が音を立てて揺れる。

ぼくは木陰のベンチに腰掛けて、ラテのゴミと引き換えに自販機で買ったジンジャエールを飲んだ。目に映るこの世界はとても穏やかで自然で、平和だった。すべての人間が幸福そうに見えた。しかし実際には世界も人間もそれぞれに問題を抱えている。現実はあくまでも見通しの暗いもので、だからこそぼくたちは非日常を現実に求める。映画に没頭するひともいれば、小説を書くひともいるし、あるひとは旅に出る。バドミントンだっていいし、恋愛に夢中になることもある。そういう風にして人間は生きていける。

ベンチに横になって目を閉じると木漏れ日のせいでまぶたの裏が赤く見えた。このまま眠り込んでしまいたいとぼくは思うけれど、世界はそのあいだ待ってくれない。現実はいつも先に行ってしまう。ぼくは身体を起こすと目を閉じたまま静かに深呼吸した。遠くで汽笛の鳴っているのが聴こえた。世界はどこまでも繋がっているのだ。

| 西日本旅情編 | 21:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
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