一あるいはいかにして少年は難しい顔をするようになったか一
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浮き雲をつかむ
結局、昨夜は駆け込みで空き部屋のあったチサンイン・ホテルに泊まった。見た感じでは悪くなさそうな印象だったけれど、神戸の格安ホテルの倍額ちかく代金を支払ったわりに部屋自体は粗末なものだった。タオルはなんだかちょっとべたべたするし、ドライヤーだって置いていない。暇つぶしにTVの画面を眺めているうちに眠ってしまった。

起きたのが遅かったためチェックアウトは9時半頃で、外は曇りがちな空のせいか珍しく涼しい。ホテルで洗ったシャツが生乾きのままでひやりとした感触が肌に残った。10時手前、地下街に入ってすぐのカフェ『リッチ』でモーニング・セットを頼む。名古屋といえば豪快なモーニング・サービスが有名でコーヒー一杯で山のようにサイドメニューが付いてくるという話だったのだが、ここはトースト+ゆでたまご+バナナという至ってごく普通のセットだった。名古屋といえどもやはり土地ごとにある程度の差異があるようで、そのような常軌を逸したサービスは田舎方面(岐阜寄り)に多く見られるらしい。しかしそれよりも隣のテーブルで朝っぱらからビールをおかわりしつつハンバーグ定食をがつがつと食べていたおっさんは一体何者なんだ。

朝食を食べ終えるとぼくは大須に向かって歩いた。大須のあたりは名古屋でも数少ない若者の集合エリアという話だったので一度見ておこうと思ったのだ。歩いているうちに曇り空にずいぶん晴れ間が出てきて、昼に近づくにつれ次第に陽射しが強くなってきた。おそろしくでかい車線の脇の歩道を直射日光をうけながら歩いていると頭がショートしそうになる。温暖化の要因はアスファルトやコンクリートによるところが大きいのだろうなと実感的に思う。

大須商店街は雰囲気でいうと高円寺に近い。若者の数はたしかにそれなりに多かったけれど、商店街のショップ構成はけっこう分別なく、たとえばオシャレなカフェや古着屋に続いて老舗の渋い食事処があったりと新旧混在しているので、若者的かというとかなり微妙なところだ。全体的な年齢層はどちらかというとやや高いかもしれない。それを決定づけるように、黒人さんの客引きが異常なくらいミスマッチだった。商店街のすぐ横に大須観音という鳩の群がる参拝神社があることからして、かなり特殊なエリアであるような気がする。

商店街をぐるっと一周してだいたいの感じをつかむと、入り口のちかくの大衆食堂風なお店できしめんを食べた。天ぷらとかき揚げがずいぶん油っぽかった。きしめん自体そんなに感動して食べるようなものでもないので、ささっと食べ終えると店を出る。そして大須観音駅から名城線を経由して名古屋城へ。特に深い思い入れがあるわけでもなく、観光名所自体あまり好きではない。暑いし足は痛いし目的もないけれど、さしあたってこれ以上観るところも思いつかないので、どうせならということで行ってみる。いずれにせよ今日で旅は終わりなのだ。

名城公園の一帯は濠と豊かなみどりのおかげで、いくぶん涼しげな風が流れていた。しかし正午をすぎてから陽射しは強まる一方で、木陰から出ると焼かれるような光線を肩に浴びる。どこかで子供たちの歓声があがったような気がした。ふと自分は淡い夢のなかをふわふわと漂っているような感覚に陥る。汗ばんだシャツがじとじとと肌にまとわりつき、口のなかはカラカラに乾いている。空には入道雲を引っかき散らしたようなダイナミックな雲の群れが浮いていた。どれもこれも掴めそうなくらい立体的で、それらの雲は夏の日の午後のためだけに存在しているように見えた。

* * *

ジンジャエールを買った。

名古屋城に関するぼくの感想はあまり多くない。素晴らしい好天で、それなりに観光客でにぎわっていたし、名古屋城の外観は思ったよりも迫力があって楽しめた。外人さんたちに紛れて天守閣に通じる階段をのぼってみたりしてみたけれど、そのうちに一体ぼくはなにをしているのだろうという疑念に襲われることになる。一体、なんのために名古屋城の天守閣に? 成りゆきだから差しあたる理由はないのだけれど、それにしても自分の今いる境遇を考えてみるとおかしくて、笑い出しそうになってしまう。名古屋城の天守閣に来ているひとの中には家族連れで来ているひともいるし、恋人同士もいるし、友だち同士もいるし、老夫婦もいるし、ぼくのようになんとなく独りで来ているひともいる。各々がそれぞれに生活と問題を抱えて独立した意識の中で生きていて、その連続したつながりが世界を立ち上げているのかと思うと、たまらなく不思議な気持ちになった。

名古屋から東京方面へ列車を乗り継いでいるあいだじゅう、ぼくはほとんど眠り込むようにして時間を過ごした。旅が終わって悲しいとか残念だとかいうよりは、ほっとしたような安堵の気持ちの方が強かった。今回の旅に出る動機は、おそらく現実逃避によるところが大きかったのだと思う。始めのうちは期待感の方が先行していたけれど、実際には打ちのめされるばかりでストレスが募ることのほうが多かった。現実からはどこまで行っても逃げることが出来ないし、言い換えれば現実はどこまでも続いている。旅先ではそれぞれに地元の住民の生活があって、ぼくはそれらのひとつひとつを眺めることで現実を思い知らされた。彼らはぼくに対して何かを投げかけているようにも感じた。これからどうしなければならないのか、どうやって生きていかなければならないのか。

歩いて帰路を辿る途中、ハイライトを一本取り出して、マッチを擦って火を点ける。あたりは暗く誰もいない。月明かりに照らされて薄く浮き上がる灰色の雲に、吐き出された煙りが静かに交わるように吸い込まれて消えていく。

| 西日本旅情編 | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
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