一あるいはいかにして少年は難しい顔をするようになったか一
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東萩、山陰へ
待望の始発列車に乗ってぼくは下関を発った。暑さとストレスと睡眠不足でそのころにはずいぶん精神を消耗していたし、実際に余計なことが考えられないくらい心持ちはすさんでいた。とにかく気を落ち着けられるところで十分な睡眠をとりたかった。冷房のきいた車内はまさに夏場の天国である。

山陽側を通って本州の西端まで到達したので、帰りは山陰方面をまわってみる。うとうとと眠っていたせいでほとんどこのあたりの意識はない。なんとなく東萩におりてみたあたりから記憶していて、おりてみたはいいけれど次の電車は一時間しないとやってこないというローカルな状況に陥ったため、近くのこれまたローカルな感じの喫茶店で朝食をとった。ぼくのほかにお客がいなかったので、T-シャツを乾かそうと日当りのいい席の椅子に広げ干させてもらった。朝早くから照りつける日光がガラス窓を通して差し込んで、空中に舞った塵がきらめいて見えた。夫妻とおぼしきふたりの店主はいたって寡黙だった。

萩は白壁の城下町として観光にもよく取り上げられる文化的な土地なのだが、そのような観光エリアまでは駅からすこし距離があるため、ことごとく歩き疲れて痛みすらおぼえるぼくにはちょっと及ばなかった。駅前には貸し自転車屋なるものもあったけれど、時間的にもそんなに悠長に構えている余裕はない。というわけで駅前にあった萩城の模型をみてさっさとあとにした。すくなくとも駅の付近は活気のかけらもなく、さびれきっていた印象である。

さて、山陰と山陽とではどこがどう違うのか。これがけっこうな違いが生じるのである。まずは列車が一気にローカルになること。先述のとおり一時間に一本なんていうのはざらで、しらずに途中下車すると予定外のタイムロスを受けることになる。車両も一両編成のワンマン車というバスみたいなつくりの列車になるのだ。ぜんぶがぜんぶそうとは限らないけれど、ぼくが山陰で乗った列車はほとんどこのタイプだった。

それからもうひとつの点では、日本海の景色。ぼくは北斎風のざっぱあーんとした荒波が吹きあれる海を勝手に想像していたものですから、おだやかで透き通った美しい日本海を目にしたときにはずいぶんと驚いた。太平洋側の景色はどこも同じように見えたけども、日本海は未知なる領域だからか見ていて新鮮だった。

基本的に山陰側は都市化が進んでいないため、田舎っぽさが至るところに残っている。駅でいえば無人駅が圧倒的に多い。昔なつかしい哀愁感というか、そういう心温まるような情緒に触れているうちにすさんだ心も自然と癒されたし、それがこの地域の特色であるように思う。

なにをするともなく列車はがたごと揺れる。山陰の旅は東に続く。

| 西日本旅情編 | 03:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
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