一あるいはいかにして少年は難しい顔をするようになったか一
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日本三景・天橋立
途中で何度か目が覚めはしたものの思ったよりは自然に眠ることができた。アスファルトの上に横になっていたため腰が痛かったけれど、防虫スプレーのおかげで刺された箇所はほとんどない。始発列車を前にして太陽は上りかけていた。今日もきっとよく晴れる。

支度をととのえて鳥取の駅前を離れると始発列車に乗りこむ。次は日本三景・天橋立(あまのはしだて)を目指すことにした。行きにおなじく日本三景の宮島を見たので、どうせなら帰りは天橋立に寄ろうと思ったのだ。浜坂、豊岡を経由してタンゴ鉄道に乗る。思ったより眠れたといっても浅い眠りにはかわりなく、ここまでのあいだほとんど寝てばかりいた。二両編成のタンゴ鉄道はまるで路線バスのようだった。

天橋立駅では「第一回近畿の名駅百選」と書いてある看板が立ち所に目についた。しかし今となってそのような面影は、どことなくしなびた雰囲気が感じられた。時間の流れから取り残されてしまったかのようにひっそりと薄暗くたたずんでいる。リュックサックを背負った観光客の姿がまばらに見られた。

駅を出ると照りつける日差しに目が眩んだ。まだ午前中にもかかわらず皮膚が焼けてしまいそうな暑さだった。軒並みには干物でも売っていそうな古い家屋やら、洒落っけのある小綺麗なレストランやら、浮き輪やビーチボールを軒下につり下げた売店やらが無造作に続いている。…浮き輪?

ぼくはずっと天橋立というところは文化的な土地なのだと思っていた(たしかにそうであることに違いはない)のだけれど、どうやら昔から海水浴場としてにぎわう観光地だったらしい、ということがあとになってわかった。そう言われてみれば付近の観光的な店の連なり方にも納得がいくし、実際のところ日が高くなるにつれて海水浴にくる若者や家族が圧倒的に多くなってくる。たしかに今日は絶好の海日和だ。

天橋立とは逆さに見ると天に架かる橋のように見える(通称:股のぞき)ことからこの名がついた。約7,000本の松林がつづき宮津湾を二分していて、海側は波立つ砂浜となり陸側は池のような静けさを水面に浮かべている。東西南北、どの角度からも美しく見えるという多面性が雪舟を代表する歴代の才人を魅了したという話である。

そのような知識をまえもって予習しておけばよかったのだが、思いつき程度で来てしまったために、若者の騒ぐ声とだんだん増してくる足の痛みに根負けしてさっさと切り上げてしまった。松林は3キロも続いていて到底いまの体力では往復できそうにない。しかしこの松の数々はなかなか立派で見る価値は十分にあった。海のシーズンが終わってもうすこし渋みが出てきたらゆっくりと楽しめるのではないか、と思う。

引き返してきて昼食をとろうと、いかにもうらぶれた感じの大衆食堂風な定食屋に入った。とにかく涼しければどこでもよかった。ほかに客はなく、奥のテーブルで子供たち(おそらくここの子供たちだろう)がトーストを食べていた。水を運んできてくれた柔らかい物腰のおばあさんにざるそばを注文して、コンセントを貸して欲しいと頼んだ。デジタル・カメラの充電が切れてしまったのだ。もちろんどうぞ、とおばあさんはやさしく言った。ぼくは礼を言った。

待っているあいだ手持ち無沙汰なのでメニューを見ていた。ここの刺盛り・大船(上)は24,000円もするらしいけれど、それはちょっと詐欺じゃないかと思う。先程まで奥でトーストをかじっていた子供(たぶん小学校低学年くらいだろう)がざるそばを持ってきてくれた。ぼくは礼を言った。いたって普通のざるそばだ。そばをすすりながら、そういえばここはもう京都府内になるのかと考えた。ずいぶん戻ってきたのだ。

| 西日本旅情編 | 14:13 | comments(0) | trackbacks(1) |
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